TARAch-UP!(たらっちあっぷ)

30代一児の母が書く雑記ブログ。外見力アップのために実践したことをシェアしています。

眠れない夜に思うこと。周りがキラキラして見える。

こんばんはー。

息子と夫が寝静まった後、疲れているはずなのに眠れなくてブログを書くことにしました。

みなさん、夢とかやりたいことってありますか?

それってほんとに心から望んでいることですか?

やりたいことがあるなら…

よく昔からわたしの頭を悩ませる言葉が、

「やりたいことがあるならやればいいじゃん。」

です。

そういう人はだいたいキラキラしてます。

わたしも、それが言える時は精神的に安定していて、多分人から見たらキラキラしてます。

まあ、どうしてもやりたいことだったらやらずにいられないからやるんですよ。

このブログみたいに。

でも、そうじゃないことってありますよね。

AとB天秤にかけて、どっちかしかできない。さあどっちにしよう?って迫られた場面とか。

時間は有限だから、どうしてもどちらかを捨てなければならないときもある。

なんとなくかっこいいからやってみようとか、すごい人だと思われたいからこうしたいとか、自分の内側から出たわけじゃない「やりたいこと」。

意外と多くの人が、「似非やりたいこと」に振り回されてるんじゃないかな。

子供っぽい望み?でも本音

わたし、思えば長いこと他人の価値観を自分の価値観だと思い込んで、勝手に振り回されていたような気がします。

  • 大人たるもの、きちんと自分で自分のお金は稼ぐこと。

  • 主婦は家庭をしっかり支えて、旦那さんや子供にとって居心地の良い環境を作り出すこと。

  • 社会的な成功、経済的な成功=立派

など、挙げればキリはありません。

でも、思うんですよ。

  • パトロン見つけて生活することで経済的な安定を得ることも1つの才能。

  • 気ままに生きられる環境にあるなら、自由にのびのび生きればいい。

みたいなこと。

こんなこと書くと、非難もあるんだろうか。

でもでも、思うのは自由だよね。

わたしが子供の頃から渇望してたのって、ただただ自由であることでした。

楽したい。やりたくないことはしたくない。それの何がダメなの?

どっかでも書いた気がします。小学生だったわたしの価値観は下のセリフに集約されてます。

「生まれ変わったら、お金持ちの家で、のんびり可愛がられる猫になりたーい。(飼われてたら自由じゃないじゃんというツッコミはおいとく)」

「塾通ってる子かわいそー。あんなガラスの檻みたいなところに学校終わってからも缶詰めにされるんでしょ?勉強なんて学校でやってるんだからゴロゴロしたいだろうに。」

ちなみに、こんなこと書いてますが勉強は好きでした。 でも、別に学校は好きじゃなくて、時間割通りに生活するのが面倒で、早く大人になって自由になりたいと思ってた。 集団生活もあまり好きじゃなかったんだろうな、今思えば。

でも、いつのまにか周りの「ねばならない」「〜あるべき」にいつのまにか洗脳?されてました。

大学を出たら普通に一般企業に就職し、数年で転職。週1休みのお仕事で頑張って…。

…無理してたなあ。

本来の気持ちを取り戻した

ここ最近、息子が本能のまま生きている姿を見て、なんとなく、自分も子供の頃の感覚を取り戻している気がします。

気の向くままに生きていたい。

そんなふうにずっと思ってたなあ。

気の向くままに生きる=やりたくないことをしない

って置き換えたらわかりやすいかな?

それとも、かえってわかりにくい?

呼吸をするようにできること…似合うファッションについて考えることや、絵を描くこと、感じたことを言葉にすることなど、人から見たら特別ではないことでも、自分にとっての核みたいなものを、大切にしたいなと思います。

そういう意味では、息子の【本能ペース】に合わせて生きる今の生活は、わたしにとっては心地いい。

外で働くよりも、家の中にいるほうが呼吸しやすい。

でも、逆の人もいる。

どっちがいいとか悪いとかじゃなくて、だから社会は成り立ってるんですよね。

自分の心の声を大切にすると、生きやすくなる。

(こういう記事、夜遅くに書くと大体次の日消したくなるんだけど、今回は頑張って消さずに残したい…。)

感じることや思うことは、自由。